web用『金の斧銀の斧』タイトル画

うーむ。イソップ童話『金の斧 銀の斧』について、筆者は大きな思い違いをしていた。
働き者の木こりが、池に斧を落としてしまった。すると、池の中から美しい女神が金の斧を持って現れ、涼しい笑顔で「あなたが落とした斧はこれですか?」と聞いてくる……という話だとばかり思っていたのだ。

ところが、『イソップ童話三年生』(三田村信行/偕成社)など、子ども向けのイソップ童話集を読んでみたところ、どの本でも、池から現れる神さまは、女神ではなく、おっちゃん! なかには、禿げ頭のじいさんみたいな挿絵を描いている本もある。
「どんな神さまだろうと、物語の意味は変わらないのでは?」と思ったあなた。それは、無粋というものだ。美しい女神さまが現れるからこそ、夢とロマンが広がるのです!

原典はどうなっているのだろう?
そこで子ども向けの本ではなく、岩波文庫の『イソップ寓話集』(中務哲郎・薬)を読んでみたところ、ますますビックリすることとなった。

イメージとすごく違う!

イソップ童話の作者・イソップは、紀元前600年くらいのギリシャにいた人らしい。実にいまから2600年も前! 日本はなんと縄文時代!
そして、前掲『イソップ寓話集』において、この物語のタイトルは「木樵とヘルメス」で、その本文は、全部で39字×15行しかない。驚くほどの短編だ。
タイトルのヘルメスとは、ギリシャ神話に出てくる神々の一人で、『イソップ寓話集』には何度も登場する。この本の注釈には「オリュンポス十二神の主神ゼウスの末子。富と幸運をもたらし、旅人、商業、そして泥棒さえも守護する神と考えられた」とある。
つまり、この人がいろいろな斧を持って出てくる神さまの原型なのだ。

web用『金の斧銀の斧』図A

さらに、物語そのものも微妙に違っていて、冒頭を書き写すと、こうなっている。
「ある男が川の側で木を伐っていて、斧を飛ばしてしまった。斧が流されたので、土手に座って嘆いていると、ヘルメスが憐れに思ってやって来た。そして泣いている訳を聞き出すと、まずは潜って行って、男のために金の斧を持って上がり、これがお前のものかと尋ねた」。

ややや~。池でも沼でもなく、川!
しかも、ヘルメスはその川に住んでるヌシみたいな神さまでもなんでもなく、ただ通りかかっただけ!
筆者が思い込んでいた「池から美しい女神さまがザザーッと登場」というのとは全然違う。いやあ、これにはホント驚いた。

金の斧は役に立たない!

物語の続きを書いておくと、次のとおりだ。
神さまが金の斧を差し出して「お前のものか」と尋ねると、木こりは正直に「違います」と答える。
続いて、神さまは銀の斧を持って現れるが、これも木こりは所有権を否定する。
そして、3度目に出された鉄の斧を見て「ああ、それこそ自分の斧です」と言うと、神さまは感心し、金と銀の斧も含めて、3本の斧を木こりに与えるのだった――。

ここから「正直者が得をする」という教訓を受け取りそうになるが、科学的にはちょっと待っていただきたい。金と銀の斧をもらった木こりは、はたして幸せになったのか?

金も銀も、重い金属だ。
同じ体積あたりの重さが、金は鉄の2.45倍、銀は1.33倍。
現代の斧は3㎏ぐらいだが、昔はいろんなものがゴツかったので、2600年前の斧となると、5㎏はあったと仮定しよう。
これと同じ体積だったとすると、銀の斧さえ6.7㎏、金の斧ともなると12.3㎏!
鉄の斧と合わせて、木こりの荷物はいきなり24㎏となったわけだ。2L入りペットボトル12本分の重量だから、これ担いで帰るの、ちょっと大変だったろうと思う。

しかも、金や銀は柔らかい金属である。
鋼鉄に比べると、硬さは金が45分の1、銀が35分の1。斧の素材としては、あまりにナマクラであり、そんな斧をもらっても明日からの仕事には、なんの役にも立たない。ただ重いだけ!

web用『金の斧銀の斧』図B

木こりはこれらの斧をどうしたのだろうか?
もちろん、売り飛ばしたのだろう、と筆者は思う。金や銀はとても高価な金属で、売れば相当な金額になるはずだ。

2600年前のギリシャにおける金や銀の価値はさっぱりわからないので、現在と同じだと考えて計算してみよう。
2018年2月26日の相場では、金が1g4902円。銀が1g60.38円。すると、金属としての価値だけで、銀の斧ですら40万円、金の斧に至っては6029万円! 金銀ペアの斧となれば、美術工芸品としてのプレミアもつくだろう。1億円くらいにはなるかも!

だが、そのヨロコビも、売れれば、の話だ。
木こりが住んでいるのは、その職業柄、おそらく山奥だろう。行商人もそうそう訪ねてこないだろうし、訪ねてきたところでそんな大金は持っていないだろうから、自分で重い斧をかついで街まで売りに行かねばなるまい。1億円もの大金をポンと払ってくれる超大金持ちに巡り会えればいいが、うーん、いるかなあ、そんな人?
首尾よく売れたとしても、その超大金を担いで家まで持ち帰らねばならない。山賊に襲われそうで不安である。運よく持ち帰れたとしても、明日はその超大金を家に置いて、木こりの仕事に行かねば。盗まれないか気が気じゃなくて、仕事どころではないのでは……?

正直なおかげで、金の斧と銀の斧を手に入れた木こり。
彼の真の試練は、そこから始まったのではないか……と筆者は不穏な想像をする。【了】

本文・柳田理科雄
イラスト・近藤ゆたか