web用1人ダブルスタイトル画

驚きのプレーが次々に繰り広げられる『テニスの王子様』。科学的に検証したいシーンはいっぱいあるが、ここでは青春学園中等部3年・菊丸英二の「1人ダブルス」を取り上げたい。これはもう、ひっくり返るほどすごいワザなのだ。

「1人なのに、なぜダブルス?」と不審に思う方のために説明しよう。
青春学園は全国大会に出場し、沖縄代表の比嘉中と対戦した。菊丸は本来、ダブルス専門の選手だったが、パートナーの大石秀一郎がケガで出場できなくなったため、シングルスの試合に出場していたのだ。
序盤はリードしていた菊丸だが、相手も実力を発揮し始め、4-4と追いつかれる。すると菊丸は「やっぱ駄目かぁ…シングルじゃ」「ならダブルスでいくよ」と言うなり、いきなり2人に分身した!
「会場にいる誰もが目を疑う。そこには信じられない光景があった……」と劇中のナレーションも述べていたが、いやもうホントに信じられません。ネット際で構える前衛の菊丸の後方で、後衛の菊丸がサーブの体勢に入っているのだから。

これは確かに、1人でもダブルスと呼ぶしかない。が、どうすれば、そんなことができるのだろうか?

分身の原理とは?

「分身」といえば、その原点は忍者マンガだ。
たとえば、白戸三平の『サスケ』では、少年忍者サスケに、父親が忍法「影分身」の原理について、こう説明していた。「半秒と同じ場所にとどまらないほど素早く動けば、敵に目には何人もの自分がいるように見える」。

説明しながら父が指さしたのは、枝を飛び移るシジュウカラ。サスケの目には何羽にも見えていたが、実際には2羽しかいなかった。絶え間なく枝から枝に飛び移ることで、2羽が何羽にも見えていたのだ。

この理論に沿って考えれば、人間も、目にも留まらぬ速さで走り、シジュウカラが枝に止まるようにピタリと止まり、また猛スピードで走ってピタリと止まり……を繰り返せば、分身できるはずである。だがそれは、現実に起こる現象なのか?

青空に向かって「バイバイ」をするように手を振ると、指が何本にも見える。これは「残像」による現象だ。バイバイをする手は、折り返すときに一瞬だけ止まるが、その映像が目の網膜にしばらく残るため、左で折り返す手の形と、右で折り返す手の形が、同時に見えるのだ。

人間の目に残像が残る時間は、0.1秒だという。すると菊丸も「A地点から超高速でB地点へ走り、折り返して0.1秒以内にA地点に戻る」という運動を繰り返せば、動きが一瞬止まったA地点とB地点での残像が、見る者の網膜に残るはずだ。つまり、菊丸という1人の人間が、同時に2つの地点にいるように見える。

――と、原理を書くのは簡単だが、実行するのはモーレツに大変だ。2つの地点を0.1秒で1往復ということは、1秒間だと10往復もしなければならないのだから!

そして菊丸が立っていたのは、テニスコートの前衛と後衛の位置。シングルスコートの図面で測ると、距離は10mほどもある。つまり10m離れた地点を1秒に10往復!これを実行するには、時速720㎞で走らなければならない。

一瞬も休めない!

これほどの俊足があれば、普通にシングルスで戦っても充分に勝てると思う。テニスのサーブの最高速度は時速250㎞ほどだが、菊丸の走る速度は時速720㎞。ボールの3倍ほど速く走れるのだから、どんな球にだって追いつけるはず!

web用1人ダブルス図A

だが、菊丸は、その奇跡の足をプレーのためではなく、分身のために使ってしまっている。これは、菊丸にとって大きな負担になるだろう。
たとえば、後衛の菊丸がサーブを打つ場合。普通だったらボールを投げ上げ、それをラケットで打って相手のコートに入れることに集中すればよい。だが分身中の菊丸に、そんなラクをすることは許されない。サーブを打つ彼の前方には、もう1人の自分が存在しなければならないのだ。
ボールを投げ上げるあいだにも前衛までの往復を繰り返し、ラケットを振り下ろすあいだにも前衛までの往復を繰り返し……。これを続けた結果、菊丸は試合中にとんでもない距離を走ったはずだ。

劇中、試合は接戦となってタイブレークに突入し、分身してからの打ち合いは6ゲーム分に及んだ。
プロテニスの試合で測定すると、1ゲームあたりの平均所要時間は5分20秒。それが6ゲーム分だと1920秒。この間、彼が時速720㎞で走り続けたとすれば、走った距離はトータル384㎞。フルマラソン9レース分であり、東京から名古屋の先まで走ったのと同じ! あまりに過酷な1人ダブルスだっ。【了】

文・柳田理科雄
イラスト・近藤ゆたか