web用『鬼灯の冷徹』柚湯タイトル画

冬至ですなあ。一年でいちばん昼が短い日。
この日に柚子湯に入るのは、翌日から少しずつ日が長くなるのに備えて、邪気を払っておくためだという。また、柚子の成分が血行をよくするから、体を温め、風邪を引きにくいともいわれている。まことに清く健全な行事であります。

ところが『鬼灯の冷徹』においては、柚子湯が地獄の釜で沸かされていた!
冬至を迎え、閻魔大王の第一補佐官・鬼灯は、獄卒たちに地獄の大釜を洗うように指示。釜がきれいになると、鬼灯はなんと「1000度の柚湯」(作中の表記は「柚湯」)を沸かし、亡者たちを投げ込んだ。「柚はヒビ・アカギレに効き……」と親切心を強調するが、もちろん実際は亡者たちを苦しめるため。亡者たちは、熱さにのたうち回る……。

さすが恐ろしい地獄だが、これは科学的にもまことに気になる問題だ。1000℃の柚子湯を沸かすことなど、実際できるのだろうか?

水は100℃で沸騰し、熱を加え続けても、それ以上の温度にはならない。
でも、それは海抜0mにおいての話で、標高が高い富士山の頂上では、水は87℃以下で沸騰する。エベレスト山頂なら70℃。水の沸点は、標高によって変わるのだ。
ここから考えれば、地獄が標高の低いところにあれば、100℃より高い温度で沸騰するのではないだろうか。

水が100℃で沸騰する理由

富士山の頂上では、なぜ水は100℃以下で沸騰するのか。
この問題は「地上ではなぜ100℃にならないと沸騰しないのか」を考えると、よくわかる。

水を容器に入れると、水面では蒸発が起こる。見た目にはわからないが、水は水面からどんどん蒸発していく。
その際、実は内部の水も蒸発したいのだが、水中で蒸発するためには、まわりの水を押しのけなければならない。だが、水は大気圧によって押さえつけられているため、蒸発できない。この結果、蒸発は水面でしか起こらない。
ところが温度が100℃になると、まわりの水を押しのけて蒸発しようとする力が、大気圧と同じになる。すると水の内部でも蒸発が起こり、ボコボコと泡が発生する。これが沸騰だ。

標高が高いとどうなるか?
大気圧は、その上に積み重なった空気の重さで発生する。標高が高いところでは、上に積み重なった空気が少ないため、大気圧も小さい。
この結果、低い温度でも、水が水蒸気になろうとする力が大気圧を上回る。富士山頂では87℃で沸騰するのはそのためだ。

では、標高が低い場合は?
上に積み重なる空気は増えるから、大気圧は高くなり、100℃より高い温度にならないと水は沸騰しないはずである。
そこで深度から大気圧を計算し、その大気圧のもとで水が沸騰する温度を「理科年表」で調べてみた。
水は、地下1㎞では104℃で沸騰し、5㎞では118℃で沸騰する。10㎞では137℃、20㎞では184℃、30㎞では243℃、40㎞では321℃である。ところが……!

釜が溶けてしまう!

ところが、地下50㎞で水が沸騰する温度については、理科年表に載っていない。表はその手前から空白になっている。なぜだ!?
これは「臨界」と呼ばれる現象である。水はどんなに圧力を高くしても374℃で沸騰し、液体でもなく、気体でもない「超臨界流体」になる。
液体の水の温度は374℃が最高で、地獄の標高がどんなに低くても、柚子湯の温度がそれ以上になることはないのだ。

web用『鬼灯の冷徹』柚湯図A

しかも超臨界流体の水は、反応性がきわめて高く、あらゆる金属と激しく反応して、溶かしてしまう。塩酸や硫酸には、溶けない金属もあるけれど、超臨界流体の水が溶かせない金属はない。塩酸や硫酸より溶かす力が強いということだ。
つまり鬼灯が何らかの方法で1000℃の柚子湯を沸かそうとすると、若い獄卒たちがせっかく洗った大釜は、そのはるか手前で溶けてしまう。あらら気の毒に~。

地獄は今日も大騒ぎ!

では、1000℃の柚子湯は作ることができないのか。
科学的に考えれば、水ではなく、別の何かを沸かした可能性がある。

1000℃で液体になっているということは、融点が1000℃より低く、沸点が1000℃より高いはずだ。そういう物質を再び理科年表で調べると……。
まず、アルミニウムは融点が660℃で、沸点が2520℃。しかし、アルミニウムは700℃以上になると、空気中で激しく燃焼するという。地獄が大火事になる!
また、鉛は融点が328℃で、沸点が1750℃。ただし、溶けて液体になった鉛からは、有毒な鉛の蒸気が発生する。亡者たちはもう一度地獄で死ぬことになりそうだが、地獄で死んだら、次はどこへ行くのか?
そして、タリウムは融点が304℃で、沸点が1473℃。こちらは、皮膚に触れただけで危険な猛毒だ!
――他にも1000℃で液体の物質といえば、錫とか、ゲルマニウムとか、いろいろあるけれど、うーむ、鬼灯は本当にそんなモノで柚子湯を沸かしたのかなあ。

考えるほどに、謎が深まる1000℃の柚子湯。
われわれは地獄に落とされぬよう気をつけて、穏やかで心地よい普通の柚子湯に入りましょう。【了】

文・柳田理科雄
イラスト・近藤ゆたか