きのこいぬ

「きのこいぬ」というキャラクターが大人気と聞いたとき、筆者がすぐに思い浮かべたのは、はい、皆さんの予想どおり「ウナギイヌ」ですね。『天才バカボン』で、バンバン拳銃を撃つおまわりさんをからかったりしていた、ちょっと生意気だが味のある謎の生物であった。ベタな発想ですいません。

そんな記憶を抱いて『きのこいぬ』を読んだものだから、ちょっとびっくりした。
絵本作家の夕闇ほたるは、愛犬を喪って気力を失くしていた。ある日、庭にピンク色のキノコが生えているのに気づく。何気なく見ていると、キノコは、ぶるっと震え、ゆっさゆっさと揺れて、地面からぼこっと犬が出現する! キノコはその犬の左耳だったのだ。
ほたるはその犬を「きのこいぬ」と呼び、いっしょに暮らし始める。
きのこいぬは、ほたるに「好きです」という気持ちを伝えようとして、ほたるが描き上げていたイラストの上に文字を書いてしまうなど、いろいろ困るけど、かわいい事件を起こす。そんな時間を積み重ねるうちに、ほたるは少しずつ立ち直っていく……。

ハートフルな素晴らしい作品である。
こんな作品を科学的に考えていいの!?と心配になるほどだが、やっぱり考えずにはいられない。きのこ犬とは、どんな生物なのだろう?

菌類なのか動物なのか

キノコは菌類、犬は動物。両者の特質を兼備したきのこいぬとは、いかなる生物なのか。劇中のきのこ研究家は「きのこ」と断定しているが、キノコにしては不思議な点も多い。
一見、キノコと犬が融合したかのようだ。しかし、菌類と動物は、前者には細胞を仕切る細胞を仕切る「細胞壁」があり、後者にはないなど、細胞の構造からして根本的に違うから、融合することは困難だろう。その意味では、ウナギイヌのほうが、がまだ実現の可能性が高いわけである。

ウナギイヌはまたいつか研究するとして、きのこいぬの正体を考えたい。それは、次の3つに絞られる。
① キノコに似た犬
② 犬に似たキノコ
③ キノコが犬に寄生している
作中のきのこいぬの行動から、これら①~③の可能性を探ってみよう。
行動その1、歩く。これを見ると②だけはなさそうに思えるが、菌類の仲間の粘菌は、胞子からアメーバ状の「変形体」が生まれ、合体してナメクジのような塊となり、動き回る。歩くというだけでは、②の可能性も否定できない。
行動その2、メロンパンやたこ焼きが好物で、「もっもっ」と食べる。ものを食べるための器官、すなわち口や消化器は動物にしかないから①③が濃厚だ。
行動その3、たこ焼きを自分で作る。確実に脳があるわけで、ますます①③が有力となる。
行動その4、口から胞子を吐く。胞子を散布するのは菌類の一大特徴。おや、②③か?

むひょ~、菌糸がビッシリ!

上の4点から考える限り、すべてに当てはまる③の可能性が高そうだが、キノコの胞子は、傘の裏側から放出される。
ところが、きのこいぬは口から胞子を吐いている。う~むどうなっているのやら……。
そもそも、キノコとはどういう生物なのだろう?
キノコというと「傘の形をしていて下部に根がある」というイメージを抱きがちだが、事実はそうではない。たとえばシイタケの栽培では、広葉樹の丸太に胞子を植えつけると、胞子から菌糸が芽を出して、菌糸は丸太を養分にして枝分かれしながら伸びていき、2年くらいで丸太の内部が菌糸でいっぱいになる。この菌糸の集まりがキノコの本体だ。
そして季節が訪れると、菌糸の一部から傘が出る。これこそが、われわれがが普段「キノコ」と呼んで、焼いたり炒めたりして食する傘の部分だ。まことにおいしいけれど、それは本来、胞子を作り、まき散らすための器官。キノコにとっては体の一部にすぎないのである。

このことを学習したうえで、前掲の①②③を再検証すると、どうなるのか?

① キノコに似た犬だとしたら、それはもうキノコではないのだから、単に耳がキノコの傘のカタチをした犬、ということになる。それはそれでカワイイが、すると胞子を吐く理由がわからなくなる。
② 犬に似たキノコだとすると、全身が菌糸できていることになる。当然、キノコの菌糸に運動能力はないから、なぜ歩いたり字を書いたりできるのかが大きなナゾだ。
③ やっぱり可能性が高いのは、この「キノコが犬に寄生している」という説だろう。この場合、きのこいぬの体の内部には、菌糸がびっしり広がっていることになる。菌糸は、犬の体から容赦なく養分を奪うので、必死で養分を摂取しなければ、たちまち痩せ衰えていく。きのこいぬは大量のたこ焼きを食べるから、それでなんとかなっている……ということ?

きのこいぬ図解

う~む、ハートフルというより、なんだか悲劇の最終回が待ち受ける重い話のような気がしてきたぞ。
しかしこう考えれば、口から胞子を吐くという現象も説明できることになる。
あんまり想像したくないけど、きのこいぬの口の中にはキノコの小さな傘がいっぱい生えていて、盛んに胞子を放出しているのではないかなあ。そして、全身に菌糸が広がっているとしたら、耳だけではなく全身のあちこちからキノコの傘が生える可能性も……。

ほたるもいずれは……!?

いやいや、よく考えたら、それだけでは済まないかもしれない。
通常、キノコは動物には寄生しないが、犬に寄生するキノコがあるとしたら、そのキノコは、他の動物の体でも菌糸を伸ばす可能性がある。きのこいぬは、口から胞子を飛ばしているから、それが周囲の生物の体で発芽しても不思議ではない。
そのうち、「きのこねこ」がコタツで丸くなり、牧場では「きのこうし」が草を食み、電線に「きのこすずめ」が並んで、のどかな田園地帯で「きのこがえる」が鳴き声を競う。森では「きのこりす」がドングリをかじり、海では「きのこくじら」が潮を吹き、南極では「きのこぺんぎん」が卵を温める。もちろん、ほたるも「きのこにんげん」と化して……。うひょ~ッ!
すいません、やっぱりこのハートフルな作品に、科学であーだこーだ言うべきではありませんでした。ファンの皆様にブチ殺されそうな気がするので、研究はここで終ります~。【了】

イラスト:近藤ゆたか