魔女タイトル

魔女は、ホウキに乗って空を飛ぶ——。
有名な伝説である。本当に見た人がいるとは思えないのだが、おそらく世界で何億、何十億という人が知っている話に違いない。
アニメや映画でも繰り返し紹介され、たとえば『魔女の宅急便』や『ハリーポッター』シリーズでも、キキや魔法使いたちがホウキにまたがって軽やかに飛んでいた。たぶん魔法の力で、ホウキに飛行能力を与えていたのだろう。

だが、それができたとしても、ホウキにまたがって空を飛ぶのは大変ではないだろうか。
あれは、またがるにしてはあまりに細いような気が……。ちょっと股間が痛いような気も……。
本稿では、名作アニメ『魔女の宅急便』のキキを例に考えよう。

ぐるんとひっくり返る!

『魔女の宅急便』は、旅立ちのシーンから始まる。
魔女の女の子は、13歳になったら家を出て、他の街で1年間修行をしなければ、本当の魔女にはなれない。この掟にしたがって、主人公のキキは13歳になった満月の夜、希望に胸を膨らませて、ホウキに乗って旅立っていった。

この旅立ちのシーンをつぶさに観察してみると、魔女とホウキの関係がよくわかる。
ホウキで飛ぶことに慣れていないキキは、必死に両手でホウキにつかまっていた。ラジオのスイッチを入れる余裕もなかったほどである。
しばらくすると慣れてきて、両手をホウキから離したりしていたが、たちまちバランスを崩し、落っこちそうになっていた。

ここからわかるのは、宙に浮かぶ力を持っているのはホウキだけ、ということだ。
もしキキの体にも浮かぶ力が働いていれば、乗った本人が落ちそうになることはあり得ない。おそらく魔法を使って、ホウキだけに飛ぶ力を与えているのだと思われる。
だとすれば、キキが空飛ぶホウキにまたがるのは、われわれが鉄棒にまたがるのに近い行為といえるだろう。手で鉄棒をつかみ、脚でバランスを取らねばならず、大変だ。

いや、冷静に考えれば、ホウキにまたがるのは、鉄棒にまたがるよりずっと困難だろう。鉄棒は両端が柱に固定されているが、空中のホウキはどこにも固定されていない!
そんなモノに人間がまたがると、どうなるか?
足はホウキの下にあるが、体のほとんどはホウキより上にある。当然、体ほうが重いから、どんなにシッカリつかまっていても、ホウキ自体が回転して、くるっと上下に大回転!
つまり、キキは逆さまの体勢で、ホウキにぶら下がることになる。

魔女図解1こっち

科学的に見れば、この逆さま体勢は悪くない。
壁に打った1本の釘に絵を掛けるとき、釘の上に載せると、ちょっとした振動で落ちるが、釘の下にヒモでぶら下げれば、落ちることはない。物体は、支える点より下に位置するほうが安定するのだ。
ただし、問題点が2つある。
ひとつは、自分の体重を手と足で支えなければならず、たぶんとってもツライこと。
もうひとつは、宅急便の仕事をするのにこの体勢は怪しすぎること。逆さ吊りで飛んでいたら、道行く人はギョッとするし、キキ自身も頭に血が下がり、顔は真っ赤になり、やがて意識は朦朧と……。半死半生の人が荷物を届けにきたら、お客さんは腰を抜かすかもよ。

わーっ、股間が痛そうだ!

愛される宅急便屋さんになるために、ここは魔法に頼ろう。魔女たちの魔法には、たぶん「ホウキの上下を固定する力がある」と考えるのだ。これなら鉄棒と同じだから、キキがしっかりつかまってさえいれば、ひっくり返ることはない。
とはいえ、鉄棒にまたがるのと同じということは、飛んでいるあいだ、細い棒の上に全体重が集中し続けることに他ならない。配達する距離が長くなると、股間が痛くてたまらんハズ!
心配しながらアニメをよく観察すると、おお、キキはホウキの柄ではなく、掃く部分の付け根に座っている。ここなら幅も広いし、柔らかいから、キキの股間は安全であろう。

ところが、喜んだのも束の間だった。
劇中、キキは魔法の力を失い、飛ぶことができなくなってしまう。そこで焦って練習しているうちに、なんとホウキを折ってしまった。そのタイミングで、友達になったトンボくんが飛行船に宙吊りになる。絶体絶命のピンチだ。
ここでキキはどうしたか?
道路掃除のおじさんにデッキブラシを借りて、トンボくんを助けに行こうとする!
その思いのおかげで魔法の力も復活し、デッキブラシは宙に舞い上がる。偉いぞキキ、がんばれキキ。
――と、物語はぐぐ~っと盛り上がるのだが、同時に筆者は心配でたまりません。
このたびキキが乗っているのはデッキブラシだから、またがっているのは細い柄の部分。これはもう、間違いなく股間が痛い!

いちばんキビシそうなのは、7階建てのビルの脇を抜けて、一気に上昇したシーンである。
画面を観察すると、1秒ほどで20mの高さまで舞い上がっている。なんと平均時速72㎞!
車が急発進すると、体はシートに押しつけられる。1秒間の平均時速が72㎞にもなる急発進など普通はあり得ないと思うが、やったとしたら押しつけられる力は相当なモノだろう。それが、キキの股間に起きたのだ。
1秒で20mの上昇とは、物体が自由落下する勢いの4倍である。つまりキキの股間には、体重の4倍の力がかかったはず。キキの体重を40㎏とすると160㎏だ!
むむむ~っ、これはツラい。どれほどツラいかを想像しようと思ったら、あなたが鉄棒にまたがって、その足に体重160㎏の力士がぶらさがる……という状況を思い浮かべてください。
いや~、想像しただけで死にそうですな。

魔女図解2こっち

キキはこんなにツライ思いをして、トンボくんを助けた。なんて立派な魔女なのか。
とはいえ科学的に考えれば、デッキブラシで空を飛ぶのはあまりにキビシイ。同じ掃除道具でも、チリトリとか、バケツとか、ゾウキンなど、平らな面のあるものや、柔らかいものを使って飛ぶほうがいいのでは……と思います。
魔法使いの皆さんにはぜひ検討していただきたい。

イラスト:近藤ゆたか