トーマスタイトル

アイリッシュ海に浮かぶソドー島では、人間と同じような感情を持った蒸気機関車たちが、トップハム・ハット卿の指揮のもと、お客や貨物を乗せて走っている。ご存知『きかんしゃトーマス』の物語だ。
このお話の歴史は古く、英国のウィルバート・オードリーが、はしかで寝込んだ息子のために創作し、語って聞かせたのが最初だという。
それが絵本になったのが1945年。日本では73年に翻訳出版された。テレビで人形劇が始まったのは84年で、日本では90年以降、フジテレビ、テレビ東京、NHKなどテレビ局を変えながら放送され続けてきた。

いまも世界で愛されるトーマスと仲間たちだが、冷静に考えると、彼らには機関車として問題点が多すぎないだろうか。
トーマスたちは、意地の張り合いや些細なケンカが原因で、やたらと事故を起こす。暴走したり、遅れたり、運休したり、脱線したり、池に落ちたり、雪山に突っ込んだり……。こんな列車に乗っている乗客は、たまったもんじゃない!
なぜもっと安全に運行できないのだろうか。本稿では、ソドー鉄道管理局の問題点を考えてみたい。

事故を起こしたら、機関車を叱る!?

トーマスたちは、何も好んで事故を起こしているわけではない。彼らはみな「役立つ機関車」になることを目指して頑張っているのだ。それでも事故が起こるのは、なぜだろう?

ソドー島鉄道の安全な運行について、最大の責任を負っているのは鉄道管理局長トップハム・ハット卿である。彼は、自分の職務を果たしているのだろうか。
トーマスたちが事故を起こしたり、ケンカやワガママで利用者に迷惑をかけたりすると、トップハム・ハット卿はキビシク叱る。機関車を。
これは、おかしな話である。それぞれの機関車には運転士が乗っているのだから、責任を問われるべきは彼らだろう。交通事故を起こしたときに、自動車を叱っている人がいたら「大丈夫か、あの人!?」と心配されると思う。

などとトップハム・ハット卿に非難の矛先を向けても仕方あるまい。
『きかんしゃトーマス』の世界では、機関車に豊かな感情がある。そして、それが事故の一因になっているのだ。
機関車たちがどうやって事故を起こすのか、その一例を見てみよう。

エドワードが重いパイプをたくさん運んでいると、クレーンのついた貨車のロッキーが「手伝おうか」と声をかけた。エドワードは、それをロッキーの力自慢と受け取り、断って走り出す。
そして、腹を立てながら走ったため、スピードを出しすぎて信号に気づかず、ギリギリで急停車! 鉄パイプが線路に散乱し、そこにやってきたにゴードンがパイプに乗り上げて脱線……。
トップハム・ハット卿の進退が問われそうな大事故が、びっくりするほど些細な原因で起こっているのだ。

お互いの顔が見えない!

彼らが起こす事故は、「感情の行き違い」が発端となっていることが多い。
あまりにも人間的だが、そういうことなら解決の道もあるだろう。トーマスたちには、喜怒哀楽がハッキリ伝わる表情豊かな顔がある。あの顔でお互いにコミュニケーションに努めれば、ケンカや揉め事もかなり減るのでは……?

あ。よく考えたら、ダメだ。トーマスたちは、親密なコミュニケーションを取れない運命にある。
彼らの顔は、円筒形をした蒸気シリンダーの前面に、ぴったり張りついている。この構造では、自分の真正面しか見えない!
首もないから、左右や後ろを見るには、車体ごと向きを変えるほかはない。機関車だからそれも無理で、強引にやったら脱線する。
彼らが仲間と顔を合わせて話すのは、至難の技なのだ。

トーマス図解1

しかし劇中、トーマスたちは、並んで走りながら会話している。また、機関庫で横一列に並び、団欒のひとときを過ごすこともある。これらの場合はどうなっているのか?
真横が見えない以上、やっぱり互いの表情は見えてないでしょうなあ。
相手が自分より少しでも後ろにいたら、自分のシリンダーの陰に隠れて相手の顔は見えない。相手がわずかでも前にいたら、相手のシリンダーの陰になってやっぱり見えない、ぴったり真横に並んでも、相手の顔も平面だから、鼻の頭がチラリと見えるだけ……。
互いの顔を見て話すには、向かい合うしかない。とはいえ、線路の途中に止まって話し込んでいたら、乗客や他の機関車にとって大迷惑である。

会話がドップラー効果

このように考えれば、彼らが相手の顔を見て話せるチャンスは、走りながらすれ違う瞬間にしかないだろう。
だが、そのチャンスも活かし切れるかどうか。
トーマスとパーシーがともに時速100㎞で走っていたとすれば、2人はお互いに時速200㎞で接近することになる。100m離れた地点から話し始めたとしても、待ち焦がれた友は1・8秒後にプロ野球選手のストレートより速く通り過ぎてしまう。「やあ、パ……」で終わりであり、表情も捕らえ切れまい。

しかもこのケースでは、間違いなくドップラー効果が起こる。
救急車が近づいてくるときはサイレンが甲高く、遠ざかるときは低く聞こえるが、あれと同じことが起こるのだ。
時速100㎞同士なら、接近中は相手の声が4分の1オクターブ高くなり、すれ違うと一気に半オクターブも低くなる。機関庫で話していたときとは、もはや別人の声に聞こえるだろう。

トーマス図解2

う~む。ここから考えると、トーマスと仲間たちは、お互いの顔も声もよく知らないのかもしれない。これでは信頼関係など築きようがないだろう。ケンカや事故が絶えないのも当然だ。
ソドー鉄道の安全運行のために、トップハム・ハット卿にお願いしたい。せめて夜、機関庫で休む間だけでも、機関車たちの前に大きな鏡を置いてあげていただけまいか。
そのとき初めて、機関車たちは仲間の顔をゆっくり見ることになるだろう。
「おや、トーマス、君はそんな顔だったのか」「はじめまして、ゴードン」などと会話も弾み、団結心も生まれていくはずだ。
そしてトーマスたちは、やがて本当に役立つ機関車になると思います。【了】