ハッチタイトル

筆者が子どもの頃、テレビのアニメには「ヒドイ目に遭ってもがんばる小動物系」と括れるような作品群があった。『カリメロ』とか『けろっこデメタン』とか『みなしごハッチ』とか……。
なかでもインパクト大だったのは『昆虫物語 みなしごハッチ』だろう。1970年に放送されて、人気もあったみたいで、映画版や続編のテレビシリーズも作られた。

この作品には、個人的に強い思い出がある。
筆者が子どもの頃、種子島では民放が1局しか見られなかった。2つ目の民放が見られるようになったのは、小学5年生のとき。その日、期待に胸を躍らせてチャンネルを合わせると、やっていたのが『みなしごハッチ』だったのだ。
劇中では、ミツバチの子どもが母親の女王バチを探して旅していた!
ハチとは思えぬ人間的な行動に、子ども心にもちょっと驚いたが、見ているうちにすっかり話に引き込まれてしまった。ハッチは嵐に打たれても、川に流されても、カマキリに襲われてもくじけない。
ママに会いたい一心で旅を続けるハッチのいじらしさに心を打たれ、とうとう最終回(第91回)まで毎週見続けてしまったのである。いやー、純粋だったなー、当時のオレ。

だが、いま冷静に考えると気になる。
ハチが母親を探して旅をするのはそういう物語だからよいとして、だったらハッチは、なぜママだけを探して、パパを探さないのだろうか?

ハッチは本当にハチなのか!?

ハッチが女王バチのママと離ればなれになったのは、スズメバチに巣を襲撃されたからだ。凶暴なスズメバチの大軍は、ミツバチたちを手当たり次第に殺戮し、貯えの蜜を飲み散らし、卵を貪り食う。
女王は「子どもたちよ、1人でもいい。生き残ってミツバチの国を建て直しておくれ」と呼びかけながら、巣を捨てて逃げざるを得なかった。

このときハッチはまだ卵だった。迫りくるスズメバチの脅威を前に、その命は風前の灯。
と思われたが、女王の悲痛な叫びを天が聞き届けたのかもしれない。巣からこぼれ落ちた1つの卵が、シマコハナバチのおばさんに拾われたのだ。
その卵はやがて孵化して、ミツバチの男の子が誕生。その子は「ハッチ」と名づけられ、その後まだ見ぬ母親を探す旅に出るのだが、ちょっと待っていただきたい! ミツバチの子が、なぜミツバチの姿で生まれる!?
ハチは、完全変態する昆虫だ。完全変態とは、卵→幼虫→蛹→成虫と、各段階で姿を変えながら成長すること。ハッチもハチである以上、最初からハチの姿で生まれるのではなく、ご飯粒を大きくしたような形の幼虫、すなわちハチノコとして生まれてくれんと困る。
そう思いつつ、ハッチの姿を改めて見てみると、ありゃりゃ、両手が2本、両足が2本しかない! 昆虫であれば、肢は3対6本あるはずなのだが。どうなってるんだろう?

なぜ父親を探さないのか?

いや、ここで考えたいのは、ハチの肢の本数ではない。ハッチがなぜ、母親だけを探して、父親を探さないのかということだ。
あれほど「ママ、ママ」といいながら、パパのことは一言も言わないのは、父親に対してちょっと冷淡すぎない?
調べてみると、ミツバチやスズメバチは社会性昆虫と呼ばれ、巣のなかでの役割に応じて産み分けられるという。春、女王バチは数匹のオスバチを連れて巣を離れ、空中で交尾する。
そして巣に戻り、最盛期には1日に2千個もの卵を産む。そのとき、女王バチは体内にためた精子で受精させた卵と、受精させなかった卵を産み分ける。それらの卵は、次のような運命をたどる。

◎受精した卵→メスになる。そのなかでロイヤルゼリーを与えられた幼虫は女王バチに、与えられなかった幼虫は働きバチになる。
◎受精しなかった卵→オスになる。

なんと、精子という「オスの要素」があればメスになり、なければオスになる。まことに不思議だが、それがハチという生物なのだ。そして、ここから重要な事実が明らかになる。
ハッチはオスだから、受精しなかった卵から産まれたわけだ。つまり、ハッチはオスの精子なしで産まれた。当然、ハッチに父親はいない! 

いや~、長年の疑問が氷解したなあ。
ハッチが全編を通じてママばかり慕っていたのは、ハチである以上、当たり前だったのだ。ハッチにはそもそも、パパは存在しないのだから。オスバチが母親だけを探す旅というのは、ハチとしてまことに正しい道だった……!

ああ、ハッチの運命は!?

こうしてハッチは、科学的に納得のいく旅路の果てに、妹のアーヤと出会い、彼女に案内されて建設中のママのお城に到着する。が、ここでもハッチにはつらい運命が待っていた。
ひとりの大臣が、反乱を企てていたのだ。その野望は、次の女王候補であるアーヤを追い払い、自分の娘を女王の座に就けること。これを知ったハッチは、王子の自分が名乗り出れば騒ぎが大きくなると考え、身元を隠して工事現場で働きながら、チャンスを待つ。ところが、またもスズメバチに襲われ、ママが連れ去られてしまう。
だが、ハッチが大活躍して、反乱は失敗、ママも無事に戻ってくる。こうしてようやく、ハッチにも幸せな日々が訪れた。親子水入らずで、ママに思いっ切り甘えるハッチとアーヤ……。
あれ、パパはどうしたんだっけ?
前述のとおり、ハッチにパパはいない。でも、受精した卵から産まれたアーヤには、パパがいるはずだ。そのパパはいったいどこへ?

さらに調べてみると、ミツバチのオスはまったく働かないため、食べ物が乏しくなる秋には、メスである働きバチたちに巣から追い出されるという。その結果、最後は野たれ死に……。そ、それは切ないぞ。
だが、野たれ死にするほうがまだ幸せかもしれない。春、女王バチと巣を飛び立ったオスのうち、ふたたび巣に戻ってくるのは、交尾に失敗した者たちだ。アーヤの父親は、交尾に成功したはずだから戻ってこない。では、どこへ行ったのか。
実は、交尾に成功したオスは、交尾器がもげて死んでしまうのだ! ムゴい! そんな死に方だけは絶対にしたくない。
ママとしても、パパの最期の様子を娘に伝えるわけにはまいりませんな。

ハッチ図解

こうなると、心配なのはハッチの今後である。
男子と生まれたからには、ハッチも他のオスたちと同じ道をたどるはずだ。
すなわち、交尾器がもげて悶絶死するか、交尾に失敗して巣からおん出されるか。ああ、ハッチを待つ運命やいかに!?
『昆虫物語 みなしごハッチ』は、やはり涙なくして語れない物語なのだった。【了】