『Nゲージ』タイトル画

Nゲージとは、手のひらサイズの車両が、線路に流れる電流で走る鉄道模型である。これを中心に街並みなどのジオラマを作って楽しんでいる愛好家も多い。
…などと、知ったフリして書いているけど、実は全然知りません。鉄道のない種子島で生まれ育ったせいか、鉄道模型には縁がなかったのだ。

そこでちゃんと調べてみたところ、レールの幅は9㎜。世界中で作られていて、車両の縮尺は、実際の車両の148分の1から160分の1とさまざまだが、日本のものは基本的に150分の1だという。

な~るほど、150分の1。
これは、人間が1㎝と少しの大きさになってしまう縮尺ということだ。
そんなNゲージで日本全国を再現したら、どうなるのだろうか。

山手線にギリギリ収まる

筆者は仕事でよく新幹線を利用するが、いちばん乗るのは東京~新大阪間。そのレールの距離は552・6㎞である。
これを150分の1に縮小したら何mになるだろう?
計算してみると……うおっ、3・684㎞。模型なのに㎞単位!

この調子で日本列島を作ると、どれほどの大きさになるのだろう?
ここでは鉄道の走っている地域だけを再現するとしよう。もちろん「再現」というからには、JR、私鉄、第三セクター、そして貨物列車も走らせねばなるまい。
直線距離で最も遠い2つの駅は、JR北海道釧網本線の知床斜里駅と、JR九州指宿枕崎線の枕崎駅。実際の距離は1888㎞で、Nゲージでは12・6㎞になる。
これと垂直の方向に最も離れているのは、JR北海道宗谷本線稚内駅と、JR東日本総武本線および銚子電鉄の銚子駅。この2つの駅を収めるには4・6㎞の横幅が必要だ。
すると、縦に12・6㎞、横に4・6㎞の広さが必要になる。これは「山手線の内側いっぱい」という巨大模型である。

Nゲージ図解1

どこかにこれだけの土地を確保し、ブルドーザーなどでならして平地にしたとしよう。
その場合、このNゲージ日本はどのように見えるのだろうか。

地球は丸いから、身長1m70㎝の人にとって、4・5㎞より向こうは地平線の陰に隠れてしまう。実際には、建物や山などがあるから意識しづらいが、障害物のない真っ平らな土地でも、人は4・5㎞より遠くを見ることはできないのだ。
ということは、この模型の鹿児島県にある枕崎駅のあたりに立つと、5㎞彼方の愛知県の名古屋駅は見えない。
枕崎駅からてくてく1時間ほど歩くと大阪駅に着いて、地平線の手前に宮城県の仙台駅がかすんで見える。
さらに1時間5分歩くと、やっと北海道の知床斜里駅が見えてくる。
これは、そういうスケールの模型なのだ。地上に立っている限り、決して全体を一望することはできない!

Nゲージ図解2

何もかも忠実に再現すると、大変なことになる。
東京スカイツリーの高さは4・2m。とても1日や2日では作れまい。
富士山は25m。これはもう工作ではなく、工事である。
琵琶湖もきちんと掘って縮尺に合った水を入れるなら、最大水深69㎝、水量は8200t。このための水道代だけで325万円もかかってしまう!

おカネがかかるよ~!

いよいよNゲージを設置しよう。まずは線路だ。
国土交通省の『鉄道輸送統計月報 平成23年8月』によれば、日本の鉄道の総延長は、JR旅客が2万124・1㎞、「民鉄」と表記されたJR以外の鉄道(主に私鉄)が7518・7㎞、旅客(人を乗せる鉄道)の合計は2万7642・8㎞だ。
これにJR貨物の8674・3㎞を加えると3万6317・1㎞。日本の鉄道の全線を合計すると、地球1周の9割を超えるわけで、これにはちょっと驚いた。
Nゲージのサイズにしても242㎞。現実に敷いた場合、東京駅から静岡県浜松駅の手前まで行ってしまう距離である。

この長大な距離を再現するには、Nゲージの線路が、何本必要なのか?
Nゲージの線路には長短曲直さまざまあるが、最も長い直線レールは24・8㎝。これだけで作るとしても、97万6千本を敷かねばならない。
さらに上下線が別々の線路を使う「複線」や、特急や急行のためにもうひとつ複線がある「複々線」もあるから、おそらく150万本は敷く必要があるだろう。

この作業は大変だ。毎日10時間、10秒に線路を1本ずつ伸ばしていっても、1日に敷ける線路は3600本。目標の150万本を敷き終わるまで417日=1年2ヵ月かかる!
費用も莫大なものになる。右の線路は4本1組で756円。150万本なら、なんと2億8400万円!

線路が敷けたら、車両をそろえていこう。
国土交通省の『交通関連統計資料集』によれば、08年に各鉄道会社が保有していた車両は6万6875両。
最も一般的な電車の211系5000番のNゲージは、4両編成動力車つきで1万3200円。平均がこの額だとすると、6万6875両では2億2100万円!
もちろん、駅も必要だ。日本にある鉄道の駅は、9600強だという。Nゲージの駅の値段は、だいたい千円から5千円。簡素な駅も多いと思うので1駅平均2千円と考えると、9600駅で1920万円。
この程度で済んでヨカッタ~、という気がするのは、もはや筆者の感覚がおかしくなっているんですね。

もちろん土地がなければ始まらない。
縦12・6㎞、横4・6㎞とは、長方形なら58㎢。東京23区最大の大田区をやや下回るほどの面積である。
この広さになると原野でも買って整地するしかないだろう。1㎡あたり破格の100円で買えたとしても58億円。
つまり、線路、車両、駅舎と土地代だけでも、合計63億2420万円かかるのだ!
いや~、時間と手間とお金のかかる趣味ですなあ。

いざ、出発進行!

幾多の障害を乗り越えて、この雄大な模型が完成したとしよう。それは果たして、楽しく遊べるものなのか。
すでに述べたように、地上から全体を一望すること不可能である。
すべてを見わたすには高さ6m以上のビルに上るしかないが、それでも意味はない。
そのビルがNゲージ日本の真ん中にあったとしても、見晴るかす地平線は6・3㎞彼方。ところが、小さなNゲージの車両は、視力1の人にとって、100m以上離れると見ることもできないからだ。う~ん、あんなに苦労したのに……。

このリアルな模型を楽しむには、半径100m以内の電車の動きを堪能するか、電車について歩くしかない。
N700系新幹線の縮尺に応じた速さは時速2㎞で、Nゲージはこの速度が出せるという。
これは人間が歩く速さの半分くらいだ。ゆったりと歩きながら、楽についていける。
東京駅から出発すると、の~んびり45m歩いて品川駅で止まり、さらに147m歩いて新横浜駅で止まる。ときには線路を離れて標高25mの富士山に登って日本全体をはるかに眺め、最大水深69㎝の琵琶湖に足を浸す……。
おお、楽しそうじゃないか、超リアルNゲージ日本列島。誰か作ってくれんかな。【了】