死んだと思ったらタイトル

日本のアニメ史に輝く『宇宙戦艦ヤマト』は、その最終回も感動的だった。
見事な締めくくりだったからこそ、名作として完成したとも言えますなあ。

それは、こんな最終回であった。
ガミラス本星を滅ぼし、イスカンダル星で放射能除去装置を受け取った宇宙戦艦ヤマトは、地球への帰還を急いでいた。発進から11ヵ月後、再び地球の見えるところまで戻ってきた。
だが、宇宙放射線病に蝕まれた沖田十三艦長の命は、そこまでが限界だった。
沖田は艦長室に付き添っていた艦医・佐渡酒造に「わしを一人にしてくれないか」と頼むと、徐々に大きく見えてくる故郷の星を見ながら、弱々しく「地球か……。何もかも皆、懐かしい……」とつぶやく。
そして、息子夫婦といっしょに写った写真を取り落として、静かに息を引き取ったのだった。
同じ頃、沖田艦長の死を知らないヤマトの乗組員たちは、近づく地球を前に沸き立っていた。その様子を見た佐渡先生は、艦長の死を知らせることができない。
喜びと希望に胸を膨らませた若者たちを乗せて、ヤマトは母なる地球に帰っていく……。完。

ふーむ。こうやって文章に綴ってみても、やはり胸を打つエンディングですなあ。
ところが、このとき死んだはずの沖田艦長が、後に復活したからビックリである。
な、なんで!?

説明は後まわしでいいの!?

人の死は悲しい。沖田艦長にも死んでほしくなかった。
しかし、ヤマトは無事に放射能除去装置を持ち帰ったのだから、艦長の死は、いわば使命を果たした英雄の大往生だ。だからこそ多くの視聴者も、沖田艦長の死を素直に受け入れたのだと思う。
また、続編の『宇宙戦艦ヤマト2』では、英雄の丘に建てられた沖田艦長の銅像の下で、ヤマトのクルーたちが酒を酌み交わすシーンが何度も描かれた。艦長の偉大さと人望の厚さがひしひしと伝わり、その場はまるで亡き恩師を偲ぶ同窓会のようだった。

そんなふうに、劇中の人々も、われわれ視聴者も、悲しみを乗り越えて艦長の死を受け入れたのである。
ところが数年後(劇中の時間では3年後)、劇場版映画第5作『宇宙戦艦ヤマト完結編』において、死んだはずの沖田艦長が突然よみがえったのだ!

第一声は、発進準備を急ぐ乗組員たちに艦内放送を通じて放たれた。
「私は宇宙戦艦ヤマト初代艦長・沖田十三である! ただいまよりヤマトは出撃準備に入る。総員、配置につけ!」。
乗組員たちはどれほど驚いたことだろう。銅像まで建てられている人が、いきなり艦内放送で命令を下したのだ。
普通だったら、誰かの冗談と思って信じないのではないかなあ。
劇中でも、主人公・古代進らが慌てて集合していたが、沖田艦長は「心配するな。このとおり、2本とも足はついておる。説明は後だ!」。
いや、心配とかじゃなくて、もはやブキミなんですけど。ちゃんと説明してください!

しかしその場での説明はなされず、ヤマトが大気圏外を脱出し、巡航態勢に入ってから、沖田艦長同席のもとで佐渡先生から古代らに、艦長生存のいきさつが語られるのだった。
古代は「そうだったのか」とあっさり納得していたが、それは説得力のある説明だったのか?

ええっ、そんな理由!?

沖田艦長の主治医・佐渡酒造の言葉は、アッと驚くものだった。
「わしの誤診でな」。
ご、誤診!? 佐渡先生が、生死の判断を間違えたということ!?

法律によって、人の死は医師にしか判断できないと決められており、医師は次の3つの基準をすべて満たしているとき、初めてその人が死んだと診断する。
①心拍動の停止(心臓が停止したため、脈拍がない)
②自発呼吸の停止(息をしていない)
③瞳孔の光反射の消失(脳の機能が停止したため光に反応しない)
佐渡先生はいったい何を間違えたのか?
そう思って、問題のシーンを見直してみると……、ありゃりゃ!

艦長室に入るや否や、その場でキッと表情を引き締めて敬礼した! 

うわ~。右の3つの基準の、どれひとつ確認していない! 部屋の入口から見ただけ!
これはもう、誤診以前の問題だ。ヤマトはこんな人を軍医として乗艦させていたのか。乗組員はさぞ不安だったに違いない。

死んだと思ったら図解

劇中の説明によれば、ヤマトが地球に帰還したとき、沖田艦長はまだ生きていた。
そこで、ただちに特別医師団が結成され、救命措置と同時に宇宙放射線病治療の手術も行われた。手術は成功し、艦長はその後、長い療養生活を送っていたのだという。
その間に、英雄の丘に銅像まで建てられたりして、沖田艦長も「え? わしはまだ生きてるのに……」とさぞ困惑したに違いない。
う~む。名作のなかには、こんなエピソードも描かれているのだなあ。【了】