ブリーチタイトル

『BLEACH』は死神たちの物語。彼らはみな「斬魄刀」という刀を持っている。
本来それは、善良な魂を「尸魂界」と呼ばれるあの世へ送ったり、悪霊と化した魂を昇華・滅却したりするための道具だが、死神同士、あるいはそれに類する者たちとの戦いにも使われる。
千本の刃に分かれて蜂の群れのように襲ったり、空気中の水蒸気を巨大な氷塊に変えたりするなど、さまざまな能力を持つ。

護廷十三番隊三番隊・吉良イヅル副隊長の斬魄刀『侘助』は、なかでも出色だ。
鞘から抜いた直後は普通の刀と同じ形だが、吉良副隊長が「面を上げろ『侘助』」と詠唱すると、数字の「7」のような形に変形する。
その能力は、斬りつけた物の重さを倍にすること。2度斬ればさらに倍、3度斬ればそのまた倍になる。
このため、吉良副隊長と刀を打ち合わせた者は、自分の刀の重さに耐えかねて地に這いつくばり、侘びるように頭を差し出す。ゆえに『侘助』なのだという。

しかし、この驚異の斬魄刀が物語の流れを大きく変えることはなかった。その理由はおそらくただ1つ。持ち主の吉良副隊長が、あまりに個性的な周囲の人々に埋もれ、目立たないヒトだからではないかな~。

2倍の連続はオソロシイ

吉良副隊長の影の薄さは、五番隊隊長・愛染惣右介が起こした尸魂界を揺るがす大事件において、彼が果たした役割に表れている。
愛染は、三番隊隊長・市丸ギンと九番隊隊長・東仙要を配下に、尸魂界の最高司法機関「中央四十六室」の賢者40名と裁判官6名を殺害する。ギンの直轄の部下である吉良副隊長に与えられた任務は、四十六室に駆けつけるであろう十番隊隊長・日番谷冬獅郎と同副隊長・松本乱菊を四十六室から引き離すことであった。

そして吉良副隊長は、自分の隊長の真の目的(=四十六室の殺害)を知らないまま、命令どおりそれに成功するも、知らないが故に冬獅郎を四十六室に向かわせてしまう。こうして残された乱菊との一騎討ちになるが、戦いの結末が描かれないまま事件は決着する。
後日、尸魂界に平和が戻ると、吉良副隊長は乱菊の執務室に謝りに行く。蕎麦饅頭をご馳走になって、意気投合して酒を飲み、挙句の果てには泥酔してフンドシ一丁で泡を吹く……何だったんだ、この副隊長の役割は!?

このパッとしない持ち主に比べ、乱菊との戦いで『侘助』が見せた能力は、科学界を震撼させるものだった。
乱菊との戦いの最中、激しく刀を打ち合わせた吉良副隊長は、一呼吸おいてこう尋ねる。
「……今 何回受けました? 僕の剣」。
気づくと乱菊の斬魄刀『灰猫』はズンと重くなっており、乱菊は思わず切っ先を床に落としてしまう。吉良副隊長は『侘助』の能力を説明し、計算して見せる。
「貴女は今 七度侘助の斬撃を刀で受けた その刀の本来の重さが0・8㎏として 二の七乗倍すると102・4㎏ 抱えて走れる重さじゃあ無い」。

まさに副隊長のおっしゃるとおり、2倍、2倍を繰り返すと、恐ろしいことになる。よく使われるたとえだが、子どもが親にこんなお願いをしたとする。「お小遣いを今日は1円、明日は2円、明後日は4円と、毎日2倍に増やしてください」。これが了承された場合、30日目の金額は……なんと5億3687万円!
また、紙を1回折ると厚さは2倍になる。2回折れば4倍、3回折れば8倍だ。厚さ0・1㎜のコピー用紙を26回折ると、その厚さが富士山より高くなる!
ナニモノかを倍々にするとは、これほど凄まじいことなのだ。もし、乱菊が『侘助』の斬撃を24回受けていたら、刀の重さは1万tを超えていた!

相手の攻撃も重くなる

『侘助』の凄まじさは重々わかった。では、この刀はどんな原理で、重さを倍増させているのか。
そもそも物体の「重さ」とは、その「質量」と「重力の強さ」で決まる。重さと質量の違いは、中学理科の授業でも説明に苦労する項目の1つだが、宇宙に出るとわかりやすい。
たとえば、重力の強さが地球上の6分の1の月では、物体の重さが地上の6分の1になる。
これに対して質量は、どんな原子がどれだけあるかで決まるので、どこへ持って行こうと変わらない。

ブリーチ 図解

『侘助』が打つたびに物体の重さを2倍にできるとしたら、質量を大きくしているか、地球の重力を強くしているかのどちらかだろう。
物体を叩くことで物体を重くするのだから、地球の重力に影響を与えるのではなく、物体の質量を大きくしていると考えるのが自然である。しかしこれは明らかに、質量保存の法則を逸脱している。どうすればそんなことが可能なのか?

2012年7月、欧州原子核研究機構(CERN)が「ヒッグス粒子を発見した可能性がある」と発表した。ヒッグス粒子とは物体に質量を与える粒子で、より多くのヒッグス粒子と相互作用すれば、質量は大きくなると考えられている。
『侘助』が1回斬りつけるごとに、物体と相互作用するヒッグス粒子の数を倍増させているとすれば、どんどん物体が重くなるという現象にも説明がつく。
えっ、なぜ叩くと、相互作用するヒッグス粒子が増えるのか? うーむ。それはちょっと……いえ、全然わかりません。

そのメカニズムは将来の研究を待つことにして、ここでは『侘助』が乱菊の戦いにおいて、彼女の斬魄刀『灰猫』を重くしたという事実に注目しよう。
もし『侘助』が乱菊の体をかすりでもしたら、彼女の体重は2倍になったはずである。
グラマーな乱菊の体重を50㎏とすると、かすっただけで100㎏!
もうひとかすりで200㎏!
ケガはするし、肥えてしまうし、乱菊の人格は崩壊したかもしれない。

『侘助』を使う吉良副隊長にも注意が必要だ。1回打ち合わせたら『灰猫』の質量は2倍になった。
だが、これによって、次に打ち合わせるとき『灰猫』の打突の威力は増大したはずである。
それをなんとか受け止めると、その次はさらにパワーアップ……!
吉良がここで打ち負けて、刀を落としてしまったら、メッタ斬りにされていたはずだ。
『灰猫』が乱菊に持てなくなるまで重くなったということは、吉良副隊長がだんだん強くなる『灰猫』の打突をすべて耐え抜いた証拠である。目立たない吉良副隊長も、目立たないところで頑張っていたのだなあ。

かわされたら大変だ!

『侘助』について考えていると、恐ろしい想像が湧く。もし、上段からの打ち込みをかわされて、地面を叩いてしまったらどうなるのか?
当然、地球の質量は2倍になるだろう。すると、重力の強さも2倍になる!

そんなことが起きたら、世界中で大騒ぎ。なにしろ、あらゆる物の重さが2倍になるのだから。
歩いている人たちはガクリと膝をついてぶっ倒れ、荷物を持っていた人は足に荷物を落とす。強度の不充分な建造物は倒壊し、木の枝はガクンとしなって桜も紅葉も散り果てる。海の水圧も2倍になって魚が圧死、鳥も飛行機も人工衛星も落ちてくる!
月は、どうなるのか? 距離が近づくだけで済むのか、はたまた地球に落ちてくるのか。計算してみると……ゲゲッ、落ちてくる! 3日と10時間後、マッハ46で衝突。破壊力はビキニ水爆140兆発分。地球滅亡!

こんな恐ろしい刀を、吉良副隊長のような人に持たせておいていいのだろうか。「ああ、今日も出番ねえな~」などと無聊に侘びつつ『侘助』で地面をコンコン叩いたら、それだけで地球46億年の歴史が終わってしまうのだが……。
いや、現世や尸魂界が今日も安泰なのは、吉良副隊長が決して『侘助』で地面を叩かないように注意しているからだろう。目立たないところで物語世界を支える吉良イヅル。まさに副隊長にふさわしい器である。【了】