トリコタイトル修正

架空の食材を捕獲する「美食屋」という設定そのものが、SF要素をたっぷり含んでいた『トリコ』だが、いや~、ここまでパワーアップするとは思わなかった。
 検証したいことは山盛りあるが、ここではコミックス34巻で描かれた「水切り山」を取り上げよう。

水切りは、川面に向かって平らな石を投げ、水面で何回もバウンドさせる遊びである。
人間、考えることは万国共通のようで、これは世界各地で見られるという。
『トリコ』劇中でこれを行うのは、猿王バンビーナ。グルメ界に君臨する八王(8匹の超強大なモンスター)の一角を占める、サルの怪物だ。
ただし、バンビーナが投げるのは、平らな石ではなく、山。
山をまるごと1個ぶん投げて、地球をぐるりと一周させ、手元に戻ってきたときには1個の小石にしてしまう! 
これはすごい。本当にすごい。めちゃくちゃすごい。

 しかも『トリコ』の舞台は「地球」だが、われわれの暮らしている地球ではない。数億年前に飛来した謎の鉱物のエネルギーを吸って膨張し、元の地球の数倍の大きさにまで成長した「地球」なのだ。
劇中の説明によれば、その周囲は22万㎞。現在の地球が1周4万㎞だから、5倍以上になったわけである。
猿王バンビーナは、山をぶん投げて、そんな地球を一周させるのだ。これをSFと言わずして何と言う!?

何が起こっているのか?

 34巻の冒頭、バンビーナの豪快な水切りのシーンは、こう描写されていた。
 海辺の岩に座っている猿王。すると遠くのほうから、小石が海面を跳ねながら飛んでくる。それを見つけた猿王は、石の飛んでくるほうへ駆け寄って、額で石をコンと受けて「キャッキャッ」と喜ぶ。
――描かれているのはこれだけであり、読者にはまだ何のことだかわからない。
 
続いて、猿王は山岳地帯へ赴く。
そして、一つの山に目をつけて尻尾を一振りすると、山は水平に切断されて宙に浮いた。
猿王は切り取った山を受け止めて海岸まで走り、投げる!
と、山は水切りのように海面を跳ねながら見えなくなっていった……。
 
これぞグルメ界名物「水切り山」。
劇中の説明によれば、「高さ1500mの山がマッハ1で海を跳ね、まったくスピードを落とすことなく1週間かけて周囲22万㎞の地球を一周し、風や陸地や海に削られて小石になる(要約)」。
そう、冒頭で猿王の額に当たった先ほどの小石は、1週間前に自分が投げた山だったのだ!

山の重さは170億t!

 いやはや恐ろしい現象である。
これがどれほどすごい行為かを考えるためには、猿王が投げた山の大きさと重さを知る必要がある。
 マンガのコマで測ると、この山は富士山のようにきれいな円錐形で、直径は高さの2・6倍。富士山の直径は高さの11倍だから、これはかなり急峻な山だ。
その高さは1500mと説明されており、すると直径は3・9㎞になる。富士山と同じ玄武岩でできていたなら、重さは170億t。
 猿王はこれほど大きなこの山を、尻尾の一振りで切断し、マッハ1で投げたわけである。

 マッハ1とは、音速に等しい速さだ。
音の伝わり方は大気の温度によって違うが、気温15℃のとき、マッハ1は秒速341m。
 一方、猿王の体格は、作中の描写によれば、主人公のトリコ(身長2m20㎝)より一回り小柄に見えた。
 そんな猿王の右手が山を持ち上げて投げるとき、リフトアップした状態から、投げるために山を動かした距離は、せいぜい1mほどだろう。
つまり猿王は、170億tもの物体を、わずか1m移動させるあいだに、秒速341mにまで加速させた――ということになる。
この場合、猿王の出した力は……ギョギョッ、99兆t!
 筆者も長いこと、マンガやアニメを科学的に考えてきたが、力に「兆t」がついた例なんてあったかどうか、ちょっと記憶にありません。

微妙な調整が欠かせない!

 もし、体重230㎏のトリコが猿王に同じ力で投げられたとすると、飛んでいく速度はマッハ27万!
 地球の重力どころか太陽の重量さえ振り切って、銀河の果てに消えていく。
 劇中でも、バンビーナと組み合ったトリコは、わずか0・1秒後には、右腕を引き抜かれていた!
 
 恐るべき怪力だが、気になるのはそれだけではない。猿王は、実はものすごくアタマもよいのではないか、と思われるのだ。
 なぜならば――。

猿王に投げられた重さ170億tの山は、地球を1周するうちにどんどん削られて小さくなり、最後は小石になって猿王の額にコンと当たった。
自然界の岩も、川の上流から下流にゴロゴロ運ばれているうちに小石になるから、山が小石になるのも納得できる話である。
具体的には、どのように小さくなっていったのか。
 猿王の額に当たった小石は、100gほどの大きさだった。170億tからこのサイズになったとすると、5900兆分の1に削られたわけだ。
地球1周22万㎞をマッハ1で一回りするには、正確には1週間と半日かかる。
すると、山は1日ごとに80分の1に、1分あたりに直すと0・3%ずつ小さくなっていった計算になる。

トリコ図解修正
 この数字は、気温や投げる速度によって、大きく変動する。わずかな速度の違いでも、結果は大きく変わるのだ。
 たとえば、1分間に0・4%ずつ削られるとしたら、地球1周したときの重さは3mgまで小さくなる。直径1・3㎜の砂粒ほどだから、戻ってきても猿王は気づかないだろうし、額にコンと当てることもできないだろう。
逆に、1分あたり0・2%ずつしか削られなかったら、戻ってきたときの重さは7・3t。これだけ重い岩が額にガツーンと当たれば、猿王も無事ではすまないでしょうなあ。

 コマの描写をよく見ると、猿王の足元には同じくらいの大きさの小石がたくさん転がっていた。
おそらく猿王は、その日の気温などの気象条件に合わせて、山を投げる速度を調節していたのだろう。だからこそ、戻ってくるときにはいつも小石大のサイズに収めることができたに違いない。
猿王が額に小石を当てて「キャッキャッ」と喜んでいたのは、今回も調節がうまくいった!という歓喜の発露だと筆者は思います。

 感覚だけでそんなコントロールができる猿王は、本当にすごい。
そして、こんなすごいヤツと戦って、その金玉(それが食材「ペア」なのだ)を見事手に入れたトリコもめちゃくちゃすごい。
そして何より、ビックリ仰天のSFをやりつつ、グルメマンガの道を踏み外さない『トリコ』が凄まじくすごいと思う。