暴れん坊将軍タイトル

8代将軍・徳川吉宗の活躍を描いた『暴れん坊将軍』シリーズ。その第9弾に、あっと驚くスケールの大きな話があった。第14話「江戸壊滅の危機! すい星衝突の恐怖」だ。
もう、タイトルからして時代劇とは思えないが、この話では、江戸時代中期、彗星の軌道を予測することすらままならなかった時代に、ホウキ星が降ってきたのである!

昔の人は偉かった!

幕府の天文台で望遠鏡を覗く将軍吉宗。その涼しい瞳に映ったのは、不吉に輝く赤い星!
異変を直感した吉宗は、即座に長崎へ使いを出し、当代一の天文学者・西川如見を呼び寄せる。
西川如見は、実在した人物だ。1719年、吉宗に招かれたという史実も残っている。

1ヵ月後、江戸に到着した如見は、悪人どもの陰謀に巻き込まれながらも、寝食を忘れて彗星の軌道計算に打ち込み、予測を弾き出す。いわく、落下地点は日野宿のはずれの大和田村。被害は2里四方。時刻は今夜、丑の下刻=午前3時!
うわっ、なんて急な話だ! しかも、あまりにも精密すぎる予測!

地球に迫る天体は、太陽と地球の両方から重力を受けて、複雑な軌道を描く。現代においても、数式計算だけでは解けず、コンピューターでシミュレーションするしかない。それでも、1万㎞単位まで絞るのが限界である。
これにソロバン一丁で立ち向かい、村の名前まで言い切った西川如見。ただ者ではない!

それにしても、被害を受けるのが2里四方。直径8㎞とは、彗星落下のもたらす影響としては異様に小さい。いったいどんな大きさの彗星だったのか? ここは如見に倣って、できるだけ正確に推定してみよう。

広島に落とされた原子爆弾は、総エネルギー30兆ジュールの爆風を起こし、直径4㎞の領域に被害をもたらした。これに対し、大和田村の被害は8㎞。直径が2倍なら、面積は4倍だから、同じ被害が生じると考えれば、彗星は120兆ジュールのエネルギーを持っていたと推測される。
如見が描いた図面によれば、彗星は地球軌道の内側から後方45度で追突することになっていた。ここから計算すると、彗星は秒速28㎞で衝突することになる。
この速度で120兆ジュールのエネルギーを放つとしたら、彗星の質量は310t。直径は、たったの8m。
これは小さい! 彗星の標準サイズは1~10㎞なのだ。

すると、新たな疑問が生まれてくる。
こんな小粒な彗星が、江戸時代の望遠鏡で見えたのか?

江戸っ子は、目がデカい!

吉宗が彗星を発見したのは、衝突の1ヵ月前。その時点では、地球から8200万㎞離れていたはずである。
この距離で、直径8mのモノを発見したというのか!?

彗星は太陽に近づくと、表面が蒸発し、コマと呼ばれる巨大な雲に取り巻かれて明るくなる。明るさの増大率はさまざまだが、仮に1万倍に明るく輝いたとしても、明るさは17等級という計算になる。
これはかなり暗い。等級とは、星の明るさを表す単位で、数字が大きいほど暗くなる。肉眼では、6等級の星までしか見ることができず、これより暗い星を見るには、望遠鏡を使うしかない。望遠鏡は、レンズの直径が大きいほど、暗い星が見える。17等級の星が観測できる望遠鏡とは、レンズの直径が98㎝!
現在使われているレンズ式の望遠鏡のなかで、最大のモノでさえ直径1m2㎝。幕府の天文台には、それに匹敵する立派な望遠鏡があったのだろうか。すごいな、鎖国中なのに。

すごいのは如見や望遠鏡だけではない。
衝突の3日前、江戸っ子たちは屋根に登って「なんでぇ、あの星は!?」などと騒いでいた。
この時点で、彗星の明るさは13等級。肉眼でこれが見えたとしたら、江戸市民の瞳孔(黒目のなかにある真っ黒な部分。光が通る穴)は18㎝もあった計算になる。こわすぎるよ!

暴れん坊将軍図解1

巨大な瞳を凝らし、迫りくる彗星に怯える江戸っ子たち。
だが、運命のときは刻々と近づく。ぼくらの暴れん坊将軍は、どう対処したのか!?
大和田村の避難誘導は火消しの「め組」に一任。彗星接近を機に勃興した世直し宗教の征伐に乗り出す。もちろん御自ら抜き身を振るい、悪人どもをバッタバッタと切り捨てたあ~!
いや、あの、そんなコトしてる場合じゃないと思うんですけど。

江戸の皆さん、ご安心を!

しかし、舞台は江戸中期、享保年間である。
迫る彗星に、打つ手はないのだから、上様を責めるのは酷だ。落下する位置と時刻が正確にわかっただけでも、すごいこと……、いや、待てよ。
太陽の方向から45度の角度で迫る天体が、丑の下刻、つまり午前3時に衝突することがあるのだろうか?

地球各地は、太陽の光が当たっている地帯が昼を、当たっていない地帯が夜を迎えている。彗星は太陽の方向から迫ったのだから、当然、昼のエリアに落ちるはずだ。迫る角度が後方45度となると、激突するのは、そのとき午前3時を迎えた地点である。
ところが、如見先生の計算によれば、その運命の瞬間、江戸は丑の下刻、午前3時。彗星が迫る方向と正反対じゃないか。

暴れん坊将軍図解2
すなわち、江戸が丑の下刻を迎えるときに地球に落ちるとしたら、正しい落下地点はリスボンとワシントンの中間地点、大西洋のど真ん中。沿岸部は津波の発生が心配されるが、北米大陸とユーラシア大陸に守られた日本は、世界でいちばん安全だろう。
というわけなので、江戸っ子の皆さまは、どうか枕を高くして眠っていただきたい。【了】