頭文字Dタイトル修正

すごいコンテンツですなあ、『頭文字D』。
主人公の乗るハチロクは、マンガの連載が始まった1995年には生産終了していたが、『頭文字D』がヒットした結果、中古車市場での価格が高騰したというのは、有名な伝説。マンガは2013年に完結したが、劇場版のアニメが翌年から3年連続で作られるなど、いまだに根強い人気を誇っているのだ。

そんな『頭文字D』の冒頭に、主人公の藤原拓海が、父親の文太が作った豆腐を、秋名山の山頂にあるホテルまで車で配達している……というエピソードがある。
このとき拓海は高校3年生で、運転免許を取得したばかり。だが、文太のセリフによれば、拓海は、その仕事をなんと5年前から毎日やらされているという。
……えっ、高3の5年前ということは、中1から!?
おい、とっつあん、自動車の運転免許は18歳からしか取れないぞ!

法律的にヒジョ~に危ない気もするが、科学的に興味深いのは、次の問題だ。
毎朝ホテルに豆腐を届ける際、文太は車のカップ立てに、水を入れた紙コップを置く。そして、これをこぼさずに運転するように命じていた。豆腐を守るのと同時に、運転テクニックを磨くためだという。
拓海は夜明け前の山道をガンガン飛ばしており、カーブでも時速60㎞くらい出しているようにも見える。もちろん、コップの水は一滴もこぼしていない。
拓海ほどのテクニックがあれば、そんなことが可能なのだろうか? ここでは、車の速度などを捉えやすいアニメ版で考えよう。

計算づくの訓練だった!

「ハチロク」とは、トヨタの車両型式番号「AE86」を略したもので、1980年代前半に発売されたスプリンターとカローラのスポーツモデル「トレノ」と「レビン」を指す。そして、拓海が毎朝運転していた車こそ、そのハチロク、正式名称「トヨタスプリンター トレノGT-APEX AE86前期型」であった。

オーナーはもちろん拓海の父・藤原文太。中1の息子に無免許運転&スピード違反を推奨する困った保護者だが、繊細な一面もあった。紙コップに水を入れるとき、いったん入れた水を、コップを傾けてわずかにこぼし、水量を調節したのである。
アニメの画面に定規を当ててみると、紙コップの縁から内部の水面までの距離は、直径の15%。紙コップを17度傾けただけでこぼれてしまう量だ。これがハチロクの加速やコーナーリングに耐えられるのだろうか?

まずは、加速である。ハチロクが加速すると、紙コップの水は後方へ力を受け、水面の前方が下がって後方が上がる。電車が急発進すると、乗客が後方へ転びそうになるのと同じだ。加速が強すぎると、水はこぼれてしまう。
ハチロクは、停止した状態から400m走るのに16・4秒かかるという。ここから計算すると、ハチロクは自由落下の30%の勢いで加速できることがわかる。
この場合、水が後方へ受ける力も重力の30%。本来の重力とこれが組み合わさって、水には真下から後方へ17度傾いた方向に力が働く。それによって、水面も17度傾くことになる。
――えっ、17度!? これは、水がこぼれない限界の角度ではなかったか。なんと文太は、水を入れたりこぼしたりして、ハチロクがフルパワーで加速してもこぼれないギリギリの調節をしていたのだ!

カーブでは速度を落とそう!

だが、誰が運転してもこぼれないわけではない。
いきなりアクセルを全開にすると、水面は水平な状態から一気に17度傾く。すると、揺らした振り子が反対側まで上がるように、水面はそれまでの勢いでさらに17度傾き、結局は34度も傾いて水はこぼれてしまうことになる。
これを防ぐには、初めは加速の勢いを自由落下の15%以下に抑え、水面の揺れが落ち着くのを待ちながら、徐々に加速を上げていかねばならない。やはり高度のテクニックが要求されるのだ。

コーナーリングはどうか。このとき問題になるのは、遠心力である。こちらも重力の15%以内に抑えなければ、水はこぼれてしまう。拓海は急カーブでもかなりの速度を出していたが、大丈夫か?

たとえば、山道などで「R300」 といった標識を見ることがある。これは、カーブの半径が300mということだ。道路構造令15条は「制限時速30㎞の道路では、半径を30m以上にすべし」と定めている。拓海が、この半径30mのカーブを、制限速度の2倍の時速60㎞で曲がったとしよう。このとき発生する遠心力は自由落下の94%だ。わあっ、こぼれた!

いやいや、R20とはあくまで道路の曲がり具合。拓海のテクニックなら、道路の幅を利用して、アウトから入ってアウトへ抜けるコースを取れば、もっと大きな弧を描ける。
計算してみると、時速60㎞を出しながら、遠心力を重力の15%に抑えられる回転半径とは190m。カーブの前後で進行方向が90度違うとすれば、幅55mという広大な道路が必要だ。そんな山道は日本にはありません!

たいていの山道は、片側一車線、幅員(道幅)は7mほどだ。この幅があれば、R30の道路でも半径54mで回れる。これで水をこぼさずに走れる速度とは、時速31㎞。なるほど、テクニックのあるドライバーが制限速度を大幅に超えなければ、コップの水もこぼれないということだ。

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◆活路はドリフトだ!

だが、劇中の事実として、拓海は制限速度などどこ吹く風というスピードを出していた。もちろん、水はこぼれない。どうなっているのだろう?

拓海には、ドリフトという必殺技がある。ハンドルやブレーキを駆使し、タイヤをスリップさせて車を回転させる技だ。たとえば右カーブなら、車を右に回転させる。するとカーブが終わる頃には、車は道路と同じ方向を向いているから、一気に加速できるのだ。
ドリフトを使えば、制限速度の2倍で、水をこぼさずにカーブを曲がれるかもしれない。具体的に考えてみよう。

拓海は、カーブが始まる30m手前からドリフトに入る。カーブの半径が30m、道幅が7mなら、63mはまっすぐ滑っていける。この間、タイヤのスリップでブレーキがかかり、そのブレーキ力は車が横を向くにつれて強くなる。これを利用し、ブレーキ力を重力の15%から徐々に上げていくのだ。これさえできれば、コップの水はこぼれない。63m進んだところで、ブレーキ力が重力の30%に達していれば……、おおッ、速度は時速14㎞に落ちている。そのとき、車は横向きに滑っているが、時速14㎞なら拓海のテクでカバーできよう。

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理論上、制限時速30㎞のカーブに時速60㎞で突っ込み、コップの水をこぼすことなくカーブを抜けることは、どうにか可能なようだ。あとは拓海のテクニック次第である。

ただし、一般の人がこういうことをするのは、あまりに危険。交通違反でもあるし、絶対にやめましょう。【了】